


県内の遊休農地と化している田んぼを有効活用することを目的としたプロジェクト。地元農家の方に、遊休農地で飼料米を作ってもらいます。栽培時利用してもらうのは、アークが家畜の排泄物から製造した有機堆肥。食料自給率の低下に悩む日本の農業を活性化させ、有機質資源を循環させるプロジェクトです。

「お米の生産を減らさなくてはいけない−。」
2007年−。当時日本では減反政策が施行され、農地を持っていてもそこで食糧用のお米を作ることができない農家が、たくさん存在していました。その結果、遊休化し放置されている農地がたくさんある一方で、私たちは海外から穀物を輸入し、飼料の原料としていたのです。
一度遊休化すれば、「生きた土地」に戻すまで、長い年月がかかります。「生きた土地」に戻したとしても、また減反を命じられるかもしれない。農家の方が、こんな環境に絶望して、みんな辞めてしまったらどうなるでしょうか。お米を始めとする食物は全て、海外からの輸入に頼らざるを得なくなるでしょう。
このまま日本では、「自給自足」という言葉さえ忘れ去られてしまうのでしょうか?
同じ農畜産業を営む人間として、私たちはこの危機を見過ごせませんでした。
「食糧用のお米は作れない。けれど、飼料用であれば作ることができる。放置されている農地で、豚が食べる餌、飼料米を作ってもらって、それをアーク牧場で購入することはできないだろうか。」
そんな私たちの、「日本の農業をなんとかしたい」という思いは、気持ちを同じくする若手農家の方たちとの出会いによって、”飼料米放牧豚「大地の米豚」プロジェクト”として動き出しました。
それから1年後の2008年春、小さな規模ではありましたが、念願の田植えが始まりました。その年の秋にはお米が実り、2009年には豚たちに第一弾の飼料米を与えることができたのです。


私たちの取り組みとして、飼料米の田植えが始まった年、アメリカではトウモロコシ(食糧)からエタノール(エネルギー)を作り出す、というエネルギー政策が行われていました。農作物の有効利用を考える上で、これはぜひ実態を見てみなければと思い、私たちはすぐさまアメリカへ飛び立ちました。
穀物の巨大産地であるアイオワ州、イリノイ州、ミネソタ州・・・。そこで目の当たりにしたのは、遊休農地など見当たらない、戦略的な農業でした。
海外では農業を国家戦略の高位に位置づけ、重要な貿易資源として産業育成している。
日本とのあまりの違いに、深く衝撃を受け日本に帰国。
しかしその頃日本でも、ある変化が起きていたのです。
それは「飼料米をつくると、つくった農家へ助成金がでる」という政府の嬉しい政策でした。行政関係者からの後押しと、思いを同じくする農家の方々からの賛同で、飼料米放牧豚「大地の米豚」プロジェクトは、新たなスタートを切りだしました。



政府からの助成金により動きやすくなったものの、このプロジェクトが何も問題なく、順風満帆に進んだかというと、そうではありませんでした。助成金は、牧場側は対象にはなりません。農家側からすれば、一方的にこのプロジェクトが打ち切られる可能性も大いに考えられるのです。
「どこまでアーク牧場とやっていけるのか−。」
そんな農家の方たちの不安を拭い去るのは、容易ではありませんでした。実際、理想と経営の狭間で、やめてしまおうかと思ったことも、幾度かありました。しかしその度私たちは自分自身を奮い立たせました。
「やめるのは簡単だ。しかしやめれば、日本の農業はどうなってしまうのか。日本の農地を活かすのは米づくりが一番だ」
いまの日本の農業は、夢がある職業だと言えないかもしれません。作りたいのに、作れない。こんな不安を抱えたまま、若い人たちが働きたいと思うでしょうか。このままでは、農家は若い労働力不足に悩み続け、食料自給率は下がる一方です。
農業は、ただ物を作って売る、という仕事ではありません。たくさんのいのちを繋ぎ、日本を支える大切な役割を担っています。農家の方が、安心して物を作れるように。夢があふれる産業になるように。 そして、農家の活性化によって、日本の地方、地域がもっと元気になるために。目先の利益ではなく、日本の農業を変えたい、という熱い思いが、このプロジェクトの根元に流れていたからこそ、私たちは歩みを止めずに進み続けることができたのです。

そして2010年、私たちの取り組みは、県の農工商連携事業に認定されました。「日本の農業をなんとかしたい」から始まった私たちのプロジェクトは、いまや県全体の取り組みとなって、評価されています。このプロジェクトは、私たちの努力だけでは決してここまで大きくならなかったでしょう。

私たちの思いに共感し、受け入れ、一緒に取り組んで下さった地元農家の方々。プロジェクトを後押しし、行いやすい環境を作って下さった行政や、JAの方々。たくさんの方々の、「農業」への想いが、認定という、ひとつの形として認められたのです。
とはいえ、飼料米放牧豚「大地の米豚」プロジェクトは、まだまだ始まったばかり。いまは放牧豚への給与のみですが、このプロジェクトがもっと広く受け入れられ、循環が良くなれば、次は鶏、豚舎内で飼っている豚への給与などが考えられます。そうして飼料米の使用量が多くなれば、農家の方が放置せざるを得なかった田んぼも、もっと有効活用することができます。飼料米放牧豚「大地の米豚」プロジェクトは、まだまだ多くの可能性を秘めているでしょう。
ひとりひとりの力は小さく、弱くても、手を取り合えば、大きな力となり、大きな成果を生み出します。小さな輪からはじまったこのプロジェクトも、きっと未来へ繋がり、日本の農業の未来を変えていける。私たちはいま、期待と、希望に満ちています。